Archive for 2011年10月3日

56 ”I could have killed him.”

 「にくらしいったらありゃあしない。」くらいの日本語があたります。直訳の「殺してやりたいくらいだった。」という日本語は強すぎる。自分の幼い息子が、乗っている車の中で灰皿を引き抜いて車内に中身をまき散らした。これを思い出して、人に語っている母親の言葉です。この文に接したとき、私は衝撃を受けました。母親が自分の子供を「殺す」という言い方があり得ないと思ったからです。英語ではcould haveが過去の事実に反したことを述べていることを示しているため大丈夫なのでしょう。同様に、”You could have heard a pin drop.”は、「ピンが一本落ちたら、その音が聞こえただろうよ。」というのが直訳で、つまり、「だれもしゃべらずシーンとしていた。」という意味でよく使われています。これもcould haveが実際にピンが落ちたわけではないことを示しています。
 また、辞書の用例などで見かける、”If I were to die tomorrow, what would my children do?”は、「私が明日死んだら、子供たちはどうするだろう。」という日本語があたるでしょうが、日本人の感覚としては「どうしてわざわざそういうことを言うの?」と思います。が、これもwere toが「あり得ない」ことを示すため、語り手は聞き手に対して、「私は明日死ぬことは絶対にない」と述べていることになるわけです。以上本日は高校生のための英語教室でした

55 月は東に

 菜の花や月は東に日は西に
 与謝蕪村です。切れ字「や」の威力は大きく、感動の中心が、菜の花にあることははっきりわかります。一面の菜の花で、画面は黄色一色です。背景を作っているのは、月と太陽です。月は東に在って、今昇ろうとしている満月です。太陽は西に在って今沈もうとしています。夕方です。
 また、この句は、柿本人麻呂の
 東(ひむかし)の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月傾(かたぶ)きぬ
 明け方、東に太陽が昇り、西に満月が沈もうとしているという歌を意識していて、よく対比されます。人麻呂の歌は、360度地平線の見えている雄大な風景です。
 ここで鑑賞に必要な知識を整理しましょう。「感動の中心を示す切れ字」「天体は東から出て西に沈む」「太陽と地球と月が一直線上に並ぶとき満月になる(厳密に一直線上になると月食が起きるから普段は微妙にずれている)」また、人麻呂の見ている土地の広さは、地表から2メートルの高さに目があるとして、 半径5キロメートルの円になります。これを知るには、地球の半径が6400キロメートルであることと、三平方の定理が必要です。
 なお、人麻呂と蕪村の間には1000年の歳月があります。蕪村が生まれてから今日までまだ300年経っていません。
 以上、本日は中学生の読者を想定しました。

54 平均が良い?

 人が自分の姿・形について考えるとき、平均値に近い方が良いと考えることが多いようです。顔の造作なら、日本人の場合、日本人の平均値に近いときに、美男・美女というのですね。鼻は高からず低からず、目は左右対称の位置にあって、大きすぎず小さすぎずといった調子です。ま、これは理解できますね。とても奇妙な形をした耳の持ち主を好ましいと思う人は少ないでしょう。背の高さはどうでしょう。男性の背の高さの理想は、男性が考える場合も女性が考える場合も、175~180cmくらいでしょうか。これは現在の日本人の平均身長より高いですね。でも、東アジアの若い人たちの身長はここ30年で急速に伸びているよう見えますし、もう少し伸びるかもしれません。その伸びを考慮していると考えると、ちょうど平均値かもしれません。あるいは、欧米人を含めた平均を取れば既に現在の平均値ということになるでしょう。なんにせよ、衣類・建物・家具などが平均値を考慮して作られますから、平均値は理想になりやすい。
 人の持つさまざまな能力についてはどうでしょう。走る、泳ぐ、跳ぶという基本の身体能力なら、誰でも平均よりも優れている方を良しとします。サッカー、バスケットボール、テニスなどのスポーツ競技だとどうでしょう。平均程度できればたくさんだという人が増えてきます。もちろん、能力を上げるためには、時間と努力というコストがかかりますから、それを考慮すれば、ごく当然の意見でしょう。さて、問題解決能力についてはどうでしょう。満足できる人生を送るためには、自分の持っている能力に見合った問題解決能力を身につけなければなりません。この能力を上げるためには、必要なだけの時間と努力を惜しむべきではありません。問題解決能力については、自分の能力に見合ったうちの最大の力を獲得すべく努力しなければなりません。断じて、平均値であってはならないのです。

53 「悩ましい」

 「悩ましい」という言葉はどういう意味でしょう。私にとっては、「女性が、女性の魅力を発揮している」という意味です。「悩ましい」という言葉に生まれて初めて接したとき、「悩む」という言葉との関係がわからずに強い印象を受けました。そのせいで「悩ましい」という言葉を目にするたび、耳にするたび、確認していましたが、ある時期まではすべての用例が、「女性が、女性の魅力を発揮している」という意味でした。
ところが、30年ほど前、テレビで将棋番組を見ていると、ある局面で、解説の棋士が、「ここは悩ましいところです。」と言ったのです。私はびっくりして、その棋士の顔をよく見ました。軽く表情を抑えている感じで、これは、冗談のつもりなのだなと思ったものです。その後、将棋番組や囲碁番組で年に数回ずつ、「悩ましいところ」という表現を聞きました。どうやらごく単純に「正しい手段を見つけるのが難しい局面」であるという意味のようでした。近頃では、新しい事業を始めようとして、その決断について、「ここが悩ましいんだ」と語る人を見たりもしています。
どうやら「悩ましい」という言葉が「難しい、悩まなければならない」という意味で使われることが定着したのですね。
そういえば、私の覚えた「悩ましい」という言葉も「女性が、女性の魅力を発揮している」様子を見た男性が自分の取るべき行動について「難しい、悩んでしまうなぁ」と述べていると思えば、筋が通りますね